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3月号特集 古代文学における「和/漢」を問い直す


 古代文学における「和/漢」の認識を問い直すことは、以後の各時代の前提となる「和」と「漢」の認識を問い直すことであり、日本文学研究で論じるべき「和/漢」の概念を再構築することにもつながろう。
 八世紀前後、用いる文字がいわゆる漢字・漢文しかない現状であったとき、書き手にそもそも「漢字を用いて書く」という認識があったろうか。たとえば、『古事記』序文(上表文)では、「上古の時」は「言と意と」はともに「朴」であり、「文を敷き句を構ふること、字に於ては即ち難し」と記している。ここには、安萬侶が漢字を外国の文字ととらえていないことがうかがえる。その上で、現代(奈良朝)のことばを文字(漢字)で「敷文構句」することはできるが、「上古」の言葉を文字で記すことは難しいというのである。また『万葉集』巻五「遊於松浦河序」(漢文)の「下官」は娘子らに短歌形式の「詠歌」を「贈」るが、娘子らが答えた短歌は「答詩」とされる。巻五において、あるいは山上憶良においては、漢語・漢詩と和語・和歌の関係は「漢」の基盤の中での「和」の地域性の問題、すなわち、二国間対立ではなく「漢」(普遍)に対するさまざまな固有性のひとつとしての「和」であるかもしれない。『万葉集』の歌と同時代の『懐風藻』の表現、漢字文化における神話的思考と日本神話との関係、『歌経標式』などの歌論に見る詩論と日本神話との融合、「日本」を冠する仏教説話集『日本霊異記』における「日本」と中国古代の仏教説話集や経典類との関係、「和歌集」を名乗りながら「仮名」「真名」の両序を有する『古今和歌集』と同時代の漢詩文との関係、漢文日記を「をとこもすなる日記」とする『土左日記』、「長恨歌」を引く際の『源氏物語』などなど、「和/漢」という二項対立的な発想にとらわれることなく、「和/漢」をあらためて問い直すことで見えてくる読みがあるのではないだろうか。
 それは、仮名で書かれた日記・物語類・歌、さらに漢字文・漢文・漢詩類を含む「日本」古代文学をアジア漢字文化圏の中に据えてとらえることであり、古代前期・後期のテキストでは文学史的な変容も見えるであろう。本特集では、個別のテキストを分析するところから「和/漢」という固定的な枠組みそのものを検討したい。



     記

 一、締切 2026年12月15日 正午必着

 一、応募方法 新投稿規程を参照


『日本文学』編集委員会


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