■大野雅子著『おふくろの味
イデオロギーと郷愁、概念の変遷をめぐって』■
2023年12月31日 PHPエディターズ・グループ刊 295頁 1800円+税 |
はじめに
序章 「おふくろの味」という物語
一 私の「おふくろの味」――母と娘のデリケートな関係性
二 イデオロギーとしての「おふくろの味」と、郷愁としての「おふくろの味」
三 大学の授業における「おふくろの味」――ハンバーグ、豚肉の生姜焼き、肉じゃが
四 大学の公開講座における「おふくろの味」――なすとみょうがの煮つけ、タコの砂糖煮
五 「母恋い」シリーズ三部作――「母恋い」『母なる海』『おふくろの味』
六 「おふくろの味」に関する先行研究
七 本書の特徴――文学的アプローチ
一章 「おふくろの味」創出をめぐる歴史的状況〈一九五〇年代後半〜一九六〇年代前半〉
一 一九五〇年代後半の「おふくろの味」――“母親の味”食堂
二 一九六三年「おふくろの味」初出――ヒジキの煮物とイカの塩辛
三 一九六〇年代は地方出身者の時代――農村から都会へ移動する人口
四 小津安二郎『お茶漬の味』――地方出身の夫と上流階級出の妻
五 昭和の「女中」――『だいこんの花』と『寺内貫太郎一家』
六 母と娘の間で受け継がれなかった料理術1――阿古真理『うちのご飯の60年』
七 急速に変化する戦後日本――続々と開発されるインスタント食品
八 母と娘の間で受け継がれなかった料理術2――湯澤規子『7袋のポテトチップス』
二章 「おふくろの味」創出の時代〈一九六〇年代後半〜一九七〇年代〉
一 「家庭料理不在」と中年男性の嘆き――食卓の「子ども中心主義」と「核家族化」
二 「母の手料理」と子どものストレスと非行の関係――「愛情イデオロギー」と「専業主婦」
三 男性の嘆き――「白髪の老母」が作る「おふくろの味」
四 アメリカの老人ホーム――日本の家族主義と比べて
五 失われた「おふくろの味」を店に求める男たち
六 女性たちの間で料理の手作りブーム 七 オカラの味――夫婦の歳月の味わい?
三章 映画「若大将シリーズ」と「サラダ」
一 『きょうの料理』の先端性
二 「サラダ」は洒落た料理
三 映画『大学の若大将』における「サラダ」
四 映画「若大将シリーズ」は夢の世界――大学進学率と海外渡航
五 映画「若大将シリーズ」の〈奇妙なパターン化〉が夢の世界を現出する
四章 石坂洋次郎『陽のあたる坂道』における洋食と和食の対比構造
一 『陽のあたる坂道』における洋食と和食の対比構造
二 昭和の人気作家・石坂洋次郎
三 『陽のあたる坂道』における「ロールパン、サラダ、ベーコンエッグ」
四 『陽のあたる坂道』における「ビフテキ」
五 『陽のあたる坂道』における「トンカツ」
六 『陽のあたる坂道』における「石焼き芋」と「ラーメン」
五章 「サラダ」と「パン」と、『女と味噌汁』
一 パンの記号性と日本人のパン嫌い
二 戦後の「粉食運動」とパン食の定着
三 お米党が3分の2
四 小説『女と味噌汁』の「視点」
五 『女と味噌汁』の四人の男たちと「食」
六 『女と味噌汁』における千佳子の「欠如」
七 『女と味噌汁』における「味噌汁」の象徴性
六章 一九八〇年代〜二〇二〇年代における「おふくろの味」――概念の変遷
一 雪だるまのように大きくなる「おふくろの味」
二 一九八〇年代⑴――一般名詞への変貌
三 一九八〇年代⑵――「伝統的な和食」
四 一九八〇年代⑶――「手作り料理」
五 一九八〇年代⑷――「郷土料理」
六 一九八〇年代⑸――「母から娘へと継承される家の味」
七 一九九〇年代――「母にはかなわない」
八 二〇〇〇年代〜二〇二〇年代――「馴染み深い味」
付録 「おふくろの味」インタビュー集
おわりに
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