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近 世 部 会  2009〜2010年度 活 動 報 告

風 間 誠 史

 2年前に活動報告をしたのだが、あっという間にまた報告せよとのお達しである。この間も近世部会は着実に例会を行い、「近世部会誌」を年1回発行して、4号・5号と号数を重ねてきた。ただし2010年の「近世部会誌」5号は、原稿の集まりが悪く、大幅に発行がずれこんで、この3月にようやく出来た。しかも執筆者数はほぼ半減。いささか息切れの感がないでもない。
 さて、この報告もいささか息切れで、手抜きで申し訳ないが「近世部会誌」から例会記録を引用させていただくこととする。まずは4号掲載の2009年。

 1月25日  伊丹椿園『唐錦』巻三・四   風間 誠史
 2月22日  伊丹椿園『両剣奇遇』     今井 秀和
 3月29日    同               牧野 悟資
 4月26日    同               近藤 瑞木
 5月24日  伊丹椿園『女水滸伝』     鈴木よね子
 6月28日    同               神山 瑞生
 8月8日  栗杖亭鬼卵『長柄長者黄鳥墳』 水原 信子
 9月13日  三木成為『板東忠義伝』     糸川 武志
 10月25日    同               鈴木千恵子
 11月22日    同               閻  小妹

 伊丹椿園の『両剣奇遇』『女水滸伝』の両長編は、大変面白かったし、一言でいえば非常に新鮮な印象を受けた。その新鮮さとは、従来の近世文学研究の枠には収まっていないという感触である。個人的に、やや詳細な覚書をこの「部会誌」4号に書いた。タイトルは「伊丹椿園覚書―江戸読本前史またはクールジャパン前史として」という長くて妙なものだが、要は、従来上方読本=短編読本という文学史的な決めつけによって、椿園の評価も短編集中心で行われてきたが、彼の本領はむしろ長編読本にあり、あらたな観点からの再評価が必要であるとの指摘をしたもの。ただし、そこで取り上げたのは短編集の数話で、『両剣奇遇』『女水滸伝』の具体的な検討には至っていない。『両剣奇遇』は『平妖伝』の影響があり、なおかつ由井正雪の実録も反映しているという、実に興味深い作品で、『女水滸伝』も『水滸伝』の本格的な受容作として重要なものである。
 なお、2009年の部会の成果としては、同じ4号で、水原信子「『長柄長者黄鳥墳』と『敵討襤褸錦』」が、鬼卵の読本と演劇の関係を明らかにしている。なお、この4号は全九本の小論を掲載しているが、なかなか多彩なラインナップで、すべて紹介したいところだが、ここでは割愛する(本誌2010年3月号裏見返しに掲載)。
 九月からは『板東忠義伝』の輪読に入っているが、これは翌年まで続くので、そちらで述べることにして、2010年の例会記録をこれも「部会誌」5号から転載する。

 1月10日  三木成為『板東忠義伝』    風間 誠史
 2月14日    同                金  学淳
 3月14日    同                報告者なし
 4月18日  聚水庵北壺游『湘中八雄伝』  鈴木よね子
 5月23日    同                今井 秀和
 7月11日  四方歌垣『月宵鄙物語』    近藤 瑞木
 8月15日    同                牧野 悟資
 9月12日  桃華園三千丸『月宵鄙物語後談』 島崎 市誠
 10月24日  栗杖亭鬼卵『浪華侠夫伝』   水原 信子
 11月28日    同                鈴木千恵子
 12月19日    同                糸川 武志

 というわけで、2009年9月から2010年3月までかけて『板東忠義伝』を読んだ。これは未翻刻の作品のため、板本のコピーで読んだこともあって、通常より時間がかかったが、むしろまだまだ読み足りない気がしている。とんでもない傑作だと思う。そして椿園の作品同様、従来のいわゆる文学史の枠組みには収まらない。これも手前味噌になって恐縮だが、『日本文学』2010年10月号に拙稿を寄せさせていただいた。タイトルは「稗史としての『板東忠義伝』―『水滸伝』を超えて」である。従来『水滸伝』受容の側面のみからしか注目されてこなかった本作が、実は『水滸伝』との関係など別にしても、極めてレベルの高い稗史小説であると述べたが、まだまだその魅力を語りきれてはいない。ちなみに『板東忠義伝』を読むことになったのは、椿園の『女水滸伝』や彼の随筆に言及があったためで、その意味では椿園に感謝している。
 というわけで、椿園そして『板東忠義伝』と快調に読み進めたのだが、次に読んだ『湘中八雄伝』は今ひとつだった。この作品は『水滸伝』受容の嚆矢として定評があるのだが、『女水滸伝』や『板東忠義伝』を読んだ後では、「浮世草子」というジャンルから抜けきれていないことが何とももどかしく感じられた。そんなこともあって、『水滸伝』からやや離れて、狂歌師の読本『月宵鄙物語』とその続編『月宵鄙物語後談』を読んだ。『月宵鄙物語』は、話全体はかなり無茶苦茶だが、それでも強烈なキャラクターの悪老女の存在には圧倒された。しかし、別作者が結末をつけた『後談』の方は、ほとんど小説・読み物の体をなしておらず、まったくひどかった。近世の小説を読む時には、時代の隔たり等を考慮して、できるだけ魅力を見出すように心がけるわけだが、それでもやはりどうしようもない駄作は少なくない。こうした「はずれ」に出会うのも、まあ、やむを得ないだろう。
 気をとりなおして『浪華侠夫伝』に取り組んだが、これは作品自体の出来はともかくとして、黒船忠右衛門や奴の小万といった侠客の取り上げ方が面白く、実録や演劇との関係など、周辺領域まで含めて「読みごたえ」があった。なお、『浪華侠夫伝』の翻刻テキストは、尾道大学の藤沢毅氏作成の冊子を使わせていただいたが、氏からは同冊子を部会の人数分無料でお送りいただいた。「部会誌」にも記したが、あらためて感謝の意を表したい。
 なお、2011年は『水滸伝』もの読本としては評価の高い『本朝水滸伝』を読む予定である。二十数年前の近世部会で読んだことがあるのだが、歳月は流れ、人は入れ替わった。さて、何を「読む」ことができるのだろう?

(『日本文学』2011年6月号からの転載)


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