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中 世 部 会 2010年度 活 動 報 告

石 黒 吉次郎

 『日本文学』の平成21年5月号に、それまでの中世部会の活動報告は載せたので、これはその続きとなる。前回は21年3月の例会までを紹介したので、今回はその後の4月以降の活動報告である。

 中世部会は変わることなく月一回、研究発表を中心に行われている。これに参加者の著書の合評会を加えるほか、珍しい貴重な音楽・芸能資料等の鑑賞会も行った。音楽・芸能資料を紹介されたのは杉本圭三郎氏で、氏の西洋クラシック音楽に関する造詣の深さはよく知られているが、この会では『平家物語』との関連で、世界の語り物音楽等について、何度かCD等で説明をされた。氏は世界各地の音楽資料を集めておられるだけではなく、DVD等の映像資料も、購入されたものやご自身で撮影されたものを多数お持ちのようである。また亡くなった国文学者の講演のテープもいくつか持っておられると聞く。まず、「楽劇『平家物語』のライトモチーフ」と題して話されたが(平成21年9月)、これは『平家物語』をワーグナーの創始した楽劇に比した場合、そのライトモチーフは何かを論じられたものである。ライトモチーフ(Leitmotiv)とは、オペラなどの楽曲の中で、繰り返し演奏される特定の楽句で、楽曲の主要な想念・感情・物事、特定の人物に結びつけられているものである。次に杉本氏の紹介で、氏も制作に関わられたDVD版『平家物語』(はごろも出版)の鑑賞会があった(21年12月)。出版社から二人の社員が来られ、制作の目的・様子などの説明があった。そして持ってこられた特別な機材によって、巻一・祗王(平野啓子による)ほかを鑑賞した。これは12巻からなるもので、その後学会等で販売されているのをよく目にした。次いで「チベット密教の声明」という氏のお話があり(平成22年3月)、これも概要や特色についての説明があって、CDで実際の声明を聞かせていただいた。中国や韓国の声明は二松学舎大学のCOEプログラムで実際の舞台で聞いたことがあったが、それとの比較で興味深かった。さらに「真言声明について」をやはり音声記録を用いて話され(同年5月)、これも氏の提案で、DVD版『平家物語』のほかの巻を鑑賞した(同年6月)。これは日本文学協会事務所のパソコンを使わせていただいた。『平家物語』の研究は、国内の他の語り物へと向かうだけではなく、外国の叙事詩との比較など、より広い視野からの研究も進んでいるようである。杉本氏の話もそうした内容であるが、そのためには西洋音楽等に広い知識と理解がないと、なかなかなしえないことである。

 このほかベテランの研究者による研究発表もあった。辻英子氏は「大英博物館蔵『源氏物語絵詞』成立の背景」と題して、近世初期に制作された同絵詞について、時間を要した調査にもとづく精細な論を述べられた(21年7月)。『源氏物語』の絵画化は『伊勢物語』などとともに近世多く見られるようになるが、その方面の研究が進んでいることを知ることができた。そして古橋恒夫氏は「『徒然草』と法語」と題して話された(二十二年九月)。これも氏の長い仏教文学研究に基づく論で、感銘を受けるものであった。長く中世部会のベテランとして活躍してこられた松田存氏は、「世子中世編年考」と題して話されたが、これも長年の氏の世阿弥研究によるものであった(21年11月)。
 中堅・若手の研究者で目立って活躍されたのは、菊地真氏と永藤美緒氏である。菊地氏は『大鏡』等の物語研究から『今昔物語集』へと領域を広げられているようであるが、まず「『大鏡』「三条紀」の物語性について」を話され(平成21年10月)、次いで「歴史物語怪異通話新考」と題して話された(22年4月)。怪異談は氏の主要な研究テーマの一つである。永藤氏は従来『今昔物語集』を研究されていて、まず「『今昔物語集』天竺部における聖地考」と題して話され(21年4月)、次いで「阿難と霊鷲山―『今昔物語集』巻四・第一話をめぐって」を話された(22年1月)。『今昔物語集』の天竺部を研究テーマとして取り上げているのが氏の特色の一つである。このほかの中堅・若手の研究者の発表はユニークなものが目立った。井出通子氏は「宗良親王の研究」と題する発表をされた(21年5月)。長らく停滞しているかに見える宗良親王の和歌活動の研究に、新しい見解をうち立てようとするものであった。伊藤千賀子氏の「『今昔物語集』における「四姓」」(22年7月)は、古代インド学に詳しい氏から見て、『今昔物語集』における四姓(カースト)が具体的にどのような意味をもつものかを論じたもので、新しい見解を示したものであった。田口寛氏の「八条宮における書写・文芸活動の一端」(22年12月)は、実際にこの方面の書誌的調査をされてきた経験を踏まえたもので、興味深い指摘が多かった。田村正彦氏の「『聞書集』「地獄ゑを見て」の連作について」(23年1月)は、西行の地獄絵を見て詠んだ歌の連作についての研究で、実際の地獄絵を資料として提示されながら、西行和歌の解釈をされた。氏の追求してこられたテーマによる発表であった。こうした文学と絵画を結びつけた研究も新しい方向であろう。23年3月には、伊藤慎吾氏が「東坊城秀長の文事」と題して発表される予定であったが、東北・関東大地震が起こり、計画停電が実施されたばかりであったため、急遽延期となった。未曾有の出来事である。これについての報告はまた次回となることであろう。

 中世部会では、参加者が出版したばかりの著書を取り上げ、合評会を催すことがあるが、この二年間では二冊取り上げた。いずれも比較的安価な本で、参加者全員が手に入りやすいものであった。一冊目は石黒吉次郎著『御家騒動の物語』(新典社、平成21年3月)で、これは副題に「中世から近世へ」とあるように、中世の謡曲・物語や近世演劇等の御家騒動を扱ったもので、種々教示を得た(21年6月)。二冊目は松田存氏の著『能楽遊歩道』(かりばね出版、平成22年8月)である。半世紀にわたって能楽研究の道を歩んでこられた著者の随想文を集めたもので、能楽論や謡曲の研究余滴、海外と能楽の関係等からなる。私としてはことに能楽の海外公演の模様(アメリカ、フランス、イタリアなど)に関するものが興味深かった(22年10月)。

 中世部会には次第に新しい方の参加も見られるようになっているが、さらに若い方々に呼びかけて参加をうながし、会の運営にも関わっていただき、この部会が次世代に発展的に受け継がれてゆくようにすることが重要であろう。そのためには例会をどのように魅力あるものにするかが課題となっている。

(『日本文学』2011年5月号からの転載)

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