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5月号特集 古代文学における「老い」  

 

 現在の日本は、65歳以上の高齢者が総人口の30%弱にのぼる超高齢化社会の様相を呈している。しかし、「老い」さらにその先に迎える「死」に対する意識の内実は、決して一律に定義できるものではない。加齢に伴う心身の変化の状態は個々人によって様々であり、それに伴う「老い」の意識もまた、当人の心身を通してなされる自覚のありように応じて個別かつ多様にありえる。さらには、社会環境、文化、経済状況等との関係によっても一様ではない。
 翻って古代における「老い」についてはどうか。「老い」の境界年齢に目を向けると、古代律令においては61歳以上を「老」と規定し、年齢に応じて課役の減免措置が設けられた。また、長寿を寿ぐ参賀が40歳よりはじまり、以後10歳ごとに開催された。 神話や伝承、物語の作中人物として、あるいはそれらの語り手として登場する「古老」「翁」「嫗」などについては、共同体における知や伝統の継承者、共同体の外部からの来訪者との応対を担う年長者、さらには神仏の化身などと捉えられる。その一方、衰退する心身を感嘆し、過ぎ去りし若さと対比されながら表出される「老い」のありようは否定的なものとして捉えられる。このような敬老や智者、嘆老や不老といった「老い」は、一見現代とも地続きであるかのようにみえる。しかし、古代の「老い」もまた、時代や社会の状況や思想、「老い」が語られ歌われ記されるテキストの論理、歌い手や語り手、筆者自身の「老い」、仮構される作中人物における「老い」の様相などと密接かつ複雑な関係のなかで、個別かつ多様なものとしてあるはずである。ならば、古代において「老い」が語られ歌われ記されること、そして語られ歌われ記された「老い」の言葉の内には、敬老や嘆老などといった意味としては捉えき
れない古代の文学ならではの「老い」の問題――〈「老い」が歌い語り記すこと/「老い」を歌い語り記す行為/歌われ語られ記される「老い」の言葉〉によってこそ担われたもの――があるのではないか。
 以上の視座のもと、古代文学における「老い」の諸相を考えたい。


           記

 
  一、締切 2019年2月20日
  一、枚数 35枚(400字詰)程度

『日本文学』編集委員会


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