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吉村英夫著『伊丹万作とその系譜 異才たちの日本映画史』


2015年9月24日 大月書店刊 345頁 2600円+税

    
第一章 竹内浩三「骨のうたう」――戦死二三歳

戦死やあわれ/竹内は小津安二郎の中学後輩/「ぼくもいくさに征くのだけれど」/
小津の影響で映画にあこがれる/軍隊の上官・三嶋与四治/「筑波日記」―竹内浩三と三嶋与四治/将校と兵卒/「戦争ハウツクシクナイ」/小津の助監督・原研吉/伊丹への親近感/
小津安二郎と竹内浩三を結ぶ三重県松阪市長/知られざる小津のエピソード 

第二章 西の竹内、東の野上照代

伊丹から竹内への返書/手紙での交流/多土済々の伊丹門下/伊丹十三の「めし炊き」/
一片 のみ骨さえなければ/早坂暁の描く「竹内浩三」

第三章 竹内はなぜ伊丹万作の門を叩いたか

小津―東京うまれの三重県育ち/小津と伊丹の作品、同時上映/小津と教え子の場合/
小津ではなく伊丹/二つの雪だるまのハッピーエンド/伊丹映画に感動/
伊丹は傾向映画をつくったか/伊丹における価値の逆転/竹内マンガ「四面軍歌」/
『出来ごころ』と蟹工船/もっとも暗い小津映画/伊丹の小津シナリオ評/片岡千恵蔵の二役/
残酷シーンを排除/「ほんとうの敵は臆病」/佐藤忠男『伊丹万作「演技指導論草案」精読』 

第四章 伊丹から橋本忍へ

『七人の侍』も『白い巨塔』も/日本一は「伊丹万作という人です」/『羅生門』ヴェネチアでグランプリ/三つの特徴/腕力で書く橋本忍/競輪のマクリ/映画はシナリオで決まる/三尺離れて座る/伊丹山脈 

第五章 黒澤明と映画人の戦争責任

黒澤明の先生たち/黒澤シナリオを「高く評価」する伊丹/前途は洋々/ナンセンス擁護/
遅刻した傾向映画/「師弟」、そして「親子」/山田洋次における小津と黒澤/
『デルス・ウザーラ』の野上監督補/大変な相手とけんかした/「戦争中止ヲ望ム」/
伊丹の「戦争責任者の問題」/戦後世代の戦争責任について/戦時「映画法」/
黒澤の戦争責任論/今井正の戦争責任/山本薩夫の場合/東宝争議 

第六章 志賀直哉『赤西蠣太』の映画化

志賀「いいほうじゃないかと思います」/志賀の伊丹化/おでん屋開業の伊丹/
志賀直哉と足尾銅山/映画労働者に連帯する伊丹/志賀と小林多喜二/
「主人持ち」芸術の否定/「白樺」と夏目漱石/漱石、志賀、そして伊丹 

第七章 志賀から小津安二郎へ 

小津の漱石的位置/行軍中にビールを飲む小津伍長/『暗夜行路』に「感ず」/
小津の『麦と兵隊』批判/チョクサイ先生/『暗夜行路』と『風の中の牝雞』/小津一九五五年/
志賀からの電話/池部良の志賀邸訪問/池部の『暗夜行路』/ふたたび『風の中の牝雞』/
小津における『晩春』の位置/山田版『麦秋』に出てくる竹内浩三/価値の並列/
もうひとつの『早春』/『彼岸花』における戦争/松竹映画の歴史とともに/
志賀文学をどう考えるか/「小津の山田化」について/ヌーベルバーグ派の城戸批判/
ポピュリズムについて/「有るもの」が「無くなる」 

第八章 山田洋次と伊丹『無法松の一生』、そして野上『母べえ』 

『富島松五郎傅』/松本清張と岩下俊作との接点/『馬鹿まるだし』と無法松/無法松と寅次郎/
本歌取/橋本=山田の『砂の器』/『霧の旗』について/竹内、野上、そして山田/
竹内浩三と寅さん 

第九章 もうひとつの映画史 

橋本忍/黒澤明/ひとつの到達『生きものの記録』/山田洋次/私のアメリカ/
城戸四郎とかかわって/城戸、山田、そして伊丹/「身体は会社に、魂は外に」/
志賀直哉――芸術の自立性/文学者と映画/竹内浩三/ジェンダーの視点について/
野上照代/小津安二郎の描く戦争/伊丹万作/現代につながる/本当のことを主張する映画へ





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