■野田研一編著『〈日本幻想〉表象と反表象の比較文化論』■
2015年3月30日 ミネルヴァ書房刊 349頁 4000円+税
|
序論 日本幻想――表象と反表象(野田研一)
一 失われる「他者の時間」―文化比較とは何か
二〈日本幻想〉とは何か―自己発見を超える試み
三 理論的枠組みについて
四 本書の構成 /
第Ⅰ部 幻想の産出――他者の発見
第1章〈日本〉という想像の岸辺――キプリングと明治期の日英工芸デザイン(中川僚子)
一 キプリングの日本旅行
二 イギリスの工芸デザインと日本趣味―E・W・ゴドウィンとドレッサー
三 日本は「でっち上げである」とは?
四 小さなエピローグとして /
第2章 ヴァージニア・ウルフの東方へのまなざし――「友情のギャラリー」の〈日本幻想〉(窪田憲子)
一〈封印〉されていたウルフの著作
二 ウルフの〈日本〉との遭遇―日本印象記を書評して
三 日本を舞台にした作品―「友情のギャラリー」
四 幻想の〈日本〉―ウルフの〈船出〉 /
第3章 若きバーナード・リーチの〈日本像〉――ホイッスラー、ファン・ゴッホ、劉生との関わりを考える(久守和子)
一 テムズ河畔チェルシーにて
二 ファン・ゴッホ騒動
三 茶碗と切通しと /
第Ⅱ部 見いだされる〈日本〉――自己の発見
第4章 幻想としての日本/イギリス――日英博覧会(一九一〇)と庭園文化をめぐって(木下卓)
一 日英博覧会
二 庭園文化の近代
三 幻想としての日本/イギリス /
第5章 自然を書く・見る――世紀転換期における古典文化の再利用と〈日本〉――(北川扶生子)
一 メディアのなかで書く
二〈文章〉というフォーマット
三 忘れられた明治青年のロマン主義―美文ブームと伝統回帰
四 古典文化の転用と近代人の誕生
五 お手本がつくる私―作文と規範
六 見いだされる〈帝国日本〉の文化 /
第6章 本土「幻想」の結末――山之口貘の「沖縄よどこへ行く」をめぐって(仲程昌徳)
一「復帰」願望
二「郷愁」の色調
三 輝く「日本語」
四「習俗」の差異
五 沖縄の風物たち /
第Ⅲ部 交錯する日本幻想――反表象の力学 /
第7章 弱さと正義、力と不正義――琉球・沖縄、日本、アメリカをめぐる〈幻想〉試論(山里勝己)
一 琉球・沖縄、日本、アメリカ―錯綜する幻想
二 帝国化するアメリカと琉球
三 弱さと正義、力と不正義
四 ペリー百年の夢と琉球・沖縄の自己幻想 /
第8章 乱反射する日本幻想、オリエンタリズム小論――小島信夫の小説を手がかりに(笹田直人)
一 オリエンタリズムとオクシデンタリズム
二 劣等複合の幻影
三 すれちがう他者幻想
四 反転するオリエンタリズム/オクシデンタリズム /
第9章 フォークナーの見つめた「近代」日本――芸者人形とアメリカ南部(竹内理矢)
一 敗戦国からの文化大使フォークナー
二「アメリカ幻想」の打破―戦後の刻印
三 フォークナーの「日本幻想」―「芸者」と「着物」 四「近代」の歴史的共振―戦後を生きた女性たち /
第Ⅳ部 日本幻想の遠近法
1 二人の父、二つの文化――友禅をめぐって(話し手:森口邦彦 聞き手:久守和子、中村邦生、野田研一)
2 不思議の国のゴリウォグ――日本への眼差し(高田賢一)
3 〈日本幻想〉の手前で息継ぎをする――未完の思考として(中村邦生)
4 はっぴいえんどの日本幻想、もしくは「渚感覚」(野田研一)
あとがきに代えて――「美化の拒否」に抗して(野田研一)
|
Copyright (C)2006 日本文学協会, All Rights Reserved.
|